こころなしはやく

就活をなるべく早く終わらせたい気持ちでいたけど、いつのまにか終わっていた大学4年生のブログ

人って思ったより自分を見てるって話

「◯◯(私)が元気ないなって話していたんだよ。口数少なくなって…」

そう同じ研究室の人に言われた。

 

それを聞いて最初に思ってたのは

(人って思ったより自分を見てるんだなあ)

ということだ。

もともと自分がドブスだと感じ超卑屈の性格から、

「人は自分にそんな興味ねーから!」という自主ツッコミをすることで

ポジティブに生きてきた。

 

だから、最近研究室が嫌でなるべくいないようにしてることも

みんなの視界に入ってないだろどうせ〜と思って軽くさぼってた。

 

なるほど、少し心配をかけてしまった。

少し反省。

だからって

「研究室が嫌で部屋にいないようにしてるんです。」

「みなさんの作りあげる空気が苦手になってしまったからです。」

「『口数が少ない』…?もともと多くねーよ!!!!」

いろいろ言いたいことはあった。

でも、心配してくださった方には、感謝もあったので、

お礼を伝えて、意識して口角上げて、

「大丈夫ですよー!」と笑って返した。

 

別の方には「グレたのかと思った」と言われた。

…グレてはないけど、行動は意識して変えていってる。

よくみてるんじゃないのあなた(何様)

 

****

 

あと、これは愚痴。

身体に異変を感じて、病院に通ってるんだけど、

先生に「大丈夫?」ってきかれたから、

「徐々に良くなってます」と応えたら、

「そりゃそうだよ。良くなってもらわなきゃ」と言われた。

 

(⌒▽⌒)〈 は?

 

はい???????

素直に「そっか、よかったね」って言えないの????

私の言葉に対してイヤミセンサーでもあるの?????

なんなの?????しぬの??????

 

そんな気分でした。

 

しかもそのあとに私に身体の異変の原因を聞かれてこたえたら、

説教チックに話続けてくるし。

私はいったい何をきかされてるんだこれ?????

って気分に陥った。

 

あと、人との会話ってどうやってしてたっけ?っていうのが

割と最近の悩み。

 

*****

 

閉塞感を感じて研究室をお休みしてしまった日のこと2

前の記事のようなことを、他の研究室の友人に吐露したところ、何週間ぶりの、人と一緒に食べるお昼ご飯にありつけた。

 

友人2人がうちに来た。

2人が買ってきてくれた、美味しそうなお弁当とデザートを食べながら話した。

なにがつらいのかをぽつぽつと。

そのなかで心に残ったフレーズを書いていく。

 

1つめは、「◯◯ちゃんの1000円だし!」

私が家に帰った話をしたら、スーパーでお弁当を買ってうちに来ると言ってくれた。

なので私は「1000円後で返すから、私の分も買ってきて」とお願いした。

そのあと、友人から「スーパーでお弁当を選んでいるんだけど、何弁当がいい?」という電話が来たときに「ぱしってごめんなさい」と伝えたら返された言葉。

ぱしってるっていう罪悪感の心が軽くなった。

 

2つめは、「わかるで、急にくる憂鬱な」

弁当を食べながら、「なにがあったの?」と友人に問われて、なにから話したら良いのかと頭がこんがらがった時に友人から切り出してくれた言葉。

そうそう、そういうこと!と、続けられたから、その後はするすると話せた。

 

3つめは、「明日も休め!」

「明日は大学いけよ」と言われると、ますますいけなくなるでしょ?だからあえて休め!って言っておくね、と、しっかりネタばらしをされてから送られた言葉。

ありがたい。これは行きたくなった。

 

2人の友人と過ごすお昼ご飯は、とっても楽しかった。

そして、聞いてもらってまとめてみると、おそらく軽い愚痴をこぼせる相手がいないことが今回のことを引き起こしたのだろうということになった。

 

私の話を聞いてもらうだけで嬉しかった。

ただ、私の置かれている状況はこうなんだと、誰かに伝えたかった。

伝えられて嬉しかった。

 

そして、ほとんど関わりのない、別の研究室の方が

「『◯◯(私)さんは、男性の多い環境で、女性1人でよう頑張ってる』と言ってくださっていたことを聞いた。

とてもありがたくて、感動した。

 

 

気持ちを吐露して、本当によかった。

明日からも状況はきっと変わらない。

くそ面倒でひとこと多い同学年も、下手ないじりとしょうもない愚痴を吐く方達と、機嫌によって対応が変わる偽善者『エセいい人』の先生も、変わらない。

私を取り巻くもの達はなんも変わらない。

でも気持ちは少し変わった。自分の状況を知ってくれた人達がいる。

こんな心強いことはないね。

明日というか、もう今日だけど、また強気で行きていこう。

頑張れなんていわない、打たれ強くも弱くもないしなやかさをもって生きよう。

まずは明日1日をおわらせてくるね。おやすみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閉塞感を感じて研究室をお休みしてしまった日のこと1

気持ちとは反対に、自分の足は自宅に向かっていた。

「早くミーティングにいかなきゃ!!」

「今なら『すみませーん、時間勘違いしてました〜!あ、ミーティング資料これです、どうぞ』って言って参加できるよ!!」

心の私は早く研究室へ向かえと信号を出している。

しかし私の足はどんどん研究室のある建物とは反対の、自宅方面へと動いていた。

そして悟った。

「あ、研究室に行きたくないんだ」と。

認めたくないけど、『何か』の限界だった。

 

なんの限界だったんだろう。

ふと思うことを連ねてみよう。

・今日の服が自分的に気に入らなかった

・ていうか授業に遅刻した

・そのときにプリントを見せてほしいと友人に頼んだときの友人の微妙に嫌がる表情に心の中でショックをうけた

・全体ミーティングの司会を引き受け、うまくいかなかった

・ミーティング後に研究室みんなでゾロゾロ研究棟に向かうのが、毎回憂鬱だった今日もそう

・今日はひとり図書館で研究室のミーティング資料を作っていたら、スケジュールミスで午前中からミーティングだったことを知った

 

研究室のミーティングに遅刻確定だとなった瞬間、私はパソコンを閉じ足早に図書館を出た。図書館の入り口ではお友達が2人いて、なごむやりとりをしたのち立ち去った。

 

もうむり。

 

その言葉だけが、じわじわと、いや、ぽんっと浮かんだ。

矛盾した表現だというのはわかっているが、そう表現するしかないのだ。

 

なにもかもいやだった。

頼みのつなだったものは、「ごめん☆」のラインのひとことで消え去った。

急かされているものだってあるのに、また実験期間がのびる。

また教授からの信用が落ちる(すでに地の底だけど)。

ほかの人にだって「ミーティング資料、またおんなじこと書いてるよ」と馬鹿にされる。

馬鹿にされたくない。

泣きたいけどそんなことで泣いたら、「女はずるい」とおもわれるから、笑う。

気持ち悪い、自分でもうまくないとわかる表情筋の使い方で笑う。へんな感じ。

 

 

朝に「おはよう」と声をかけて、調子良ければ笑顔で明るく返事がきて、悪ければ無視といった、ご機嫌取るのがいちいちくそ面倒な同学年の子にも、

もうひとりは、何に関しても尖っておらず、考えが丸くてまわりに嫌われることもなく「無害」と認識される同学年の子にも、

機嫌を見計らわなきゃ、会話もできない、感情的にあたってくる先生にも、

その先生を陰で愚痴る人たちにも、

一対一では楽しくしゃべれるけど、3人になると途端に話がまわらなくなって、自分がいたたまれなくなったからお昼ご飯を久しく取っていない子たちにも、

顔をみたくない>>>>>>>>>>>>>>>>>会う となった。

 

上記の状態になった私は、体調不良を理由にそのまま直帰した。

 

いつのまにか就職活動が終わってて、内定式も終わっていた話

久しぶりにこのブログの記事をかく。

3日坊主とはこのことをいうんだなあと思うのと同時に、就職活動中の自分はやはり気持ちも行動も積極的だったのだと感じた。

閉鎖的な研究室で霹靂していた自分が読むには少しまぶしかった。

自分が書いた文章なのに。

 

じつは就職活動は、今年の3月に終了していた。

2月末に最終面接をうけた人材会社が、3月に就職解禁と同時に内定を出してくださったので、これもご縁だとかんじて、そのまま承諾し今に至る。

それまでに面接が残っていた会社は全て選考辞退し、私の新卒就職活動は終わった。

 

なぜ人材にしたか?

そもそも、12〜2月には業界を「人材」と「広告」に絞っていた。

人材に関しては、私が人と接することが好きだし、ましてや他人の人生に関わっていくことはおもしろいのでは、と思った。

広告に関しては、私自身がイラストを描くことが好きで、そういったクリエイティブなことに携われる仕事があるのなら、と思ったから。

見極めていった結果、広告業という業界は、広告を載せてもらえるように営業する仕事や、主やデザイナー等をつなげるプロデューサーといった仕事だということを知った。

こういう仕事も魅力的ではあるが、私はマーケティングに関わるというよりは、自分の作品を発表したいだけだ、そんなの勝手にTwitterにも発表しておけばいいじゃないか。

自分の作品を発表できる訳でもないのに、関係ない仕事をする必要はないじゃないか、と思ったので、広告業界を見ることをやめた。

 

そこからは、人材を見るようにした。

マイナビだったり、リクナビだったり、そういった検索サイトで人材を探してはホームページへ飛んで流し読みをする日々。

やはり知っている人がいる、この人たちと働いてみたい、そう思った企業はここだなあと、面接をうけた会社を頭に浮かべていたら、内定を出してくださった。

マッチングしたならぜひ、と、私の頭がそういっていた。

 

もともと同じ大学から同期が出るはずだったが、他の会社にいってしまった。

その子たちは、内定を承諾しても慢心することなく、自分の人生にこれでいいかと自分に問いかけた結果、別の会社で働くことを選んだのだと思う。

一方私は、内定がもらえたらそれに甘え、特に問いかけもしなかった。

なにがキャリアだ、なにが3年後のビジョンだ。

来年の自分のことも想像できなくてなにが「就職活動頑張った」だ。

最近強くそれを感じる。

でも、私は私自身が人から影響を受けやすいことを知っている。

人が内定を蹴ったから動揺しているんだ。

飛び出す勇気も必要だけど、とどまる勇気だってあってもいいんじゃない?

なんて思って、この秋の内定式まできた。

要するにこの記事は、縁を理由にとどまった自分を肯定したいがために書いた記事だ。

 

なにがよくてなにがわるいなんてわからなくて、結果「こっちえらんでよかったな」と思えるように行動するしかないんじゃないかなあ。

ありきたりな文章でごめんね自分。

 

今週末の就活

「1月はテスト勉強をするから、就活は全くしない」と言っていた私が、がっつり帰省して就活をしてきた。

それだけ私にとって「今しかできないものランキング」上位に「就活」があるのだと思う。

 

先日書いたように、ベンチャー企業のお食事会や説明会に参加した。

 

お食事会の後も、時間が余ったので他のベンチャー企業の説明会に参加した。

その企業は、ソフトを開発しそれをセールスしマーケティングを行うというものだった。

説明会の周りを見渡すと、理系男子ばかりで場違いだ…と感じた。

加えて、説明会が始まるも、クラウド化やAIの話が出てきて本格的に「うわ〜〜興味ないよ〜〜」と、その場にいることすら辛くなっていった。

はっきり言うと、人事の方だけでなく、社長のお話を聞きたいなぁと感じた。

 

説明の後、若手社員の方々とお話する機会があった。この時間は良かった。

機械系の学部に進学していた方とお話をした。会社自体というよりは、就活の質問ばかりしていた気がする。

 

この企業の方には感謝している。

それは何故か。この企業のやっていること自体に興味が無いのは何故?を考えられたからだ。

この企業は、対面営業より圧倒的に電話やウェブ営業が多い。

私はそれを知った時、やはり私は企業の方や個人といった『人』に会って営業がしたいと考えた。

 

電話やウェブ営業の利点は、遠方の顧客も獲得できることである。首都圏だけでなく、地方の顧客も獲得することで、「社会を変える」というビジョンを持った企業には良いメソッドだと思う。

 

しかし私は思った。

私の大切にしたいことは何か?

それは、自分1人でも生きていけるための能力をつけること。

それをするためにはまず、営業の能力をつけてプラスαで長所を伸ばして行かなくてはならないということが大切なのではないか。

私が「社会を変えたい」と思うのは、きっとその先なのではないか。

そう考えた。

 

この考えは、興味がある企業のみ行っていたら見つからなかったことだと思う。

全く興味が無い企業に行って初めて気付くこともある。

これからもいっぱいいろんな企業をみて行こうと思う。

その中で、なぜしっくりきたか?逆になぜしっくり来なかったのか?をどんどん考えて自分を深掘りして行こうと思う。

 

 

関係ないが、今日の読売新聞に載っていた広告が心に刺さった。

 

「自分の夢まで自己採点しないでください」

 

 

 

なんで浪人したのか?

国立理系に入りたかったから。

なんで私大じゃいやだったのか?

私の偏差値が低いため、有名な私大には合格できない状況だったから。

高校受験のときも感じたこと。

学費で迷惑はかけたくないと思っていた。

 

私は兄妹の中で1番勉強をしなかった。

長男が勉強の虫。有名国立に進学。

次男は瞬発力があり暗記が得意で、高校の推薦で偏差値の高い私大に進学した。

私はというと、進学した高校の偏差値も3人の中で最も低かった。その時点で劣等感があった。劣等感があるくせに、努力をしない。

サイテーのクズだった。

親は特になんとも言わなかったけど、私は勝手に2人に劣等感を抱いていた。

努力しないくせに、現役で私大にはいることには抵抗があった。

そんなクズな理由での浪人という選択だった。

 

それでやっとこさ受かったのは地方の国立大。

結局一人暮らしでお金の迷惑はかかるというね。

でも私の1つのゴール「理系なら国立にはいる」は達成された。

現役時代、自己採点でひどい点だった。ほぼ受かる見込みのない国立だって受けた。結局落ちた。

浪人時代、1年集中して地方の国立に受かった。

そしていま、大学に進学してすてきな先輩たちと出会った。

その先輩たちの就活を聞きながら、ベンチャー企業という選択もあると知った。

就活の中で、社会人になっても自己成長しようとしている眩しい大人の方々に出会う機会ができた。

 

そう、どんな選択をしても後悔はついてくる。

そのときにどれだけその道に集中できるかだ。

あっちが良かったかもなぁなんて思いながら脇見運転なんてしちゃダメだ。

『ここ』にきた意味はきっとある。

そう信じてこれからもかじりついて行こうと思う。

兄妹の中で私が1番優れているものを探せ。

兄妹はひとりひとり違う、そんなこと両親は昔から思ってたはずだ。

私が勝手に劣等感を抱いていた。偏差値、勉強でしか当時の私にはモノサシがなかった。

それも大切なモノサシだ。でも、私の良さは他にきっとあるだろ?探すんだ。

兄弟間での劣等感に悩まされている人がいたら言ってあげたい。

きっとその劣等感は、自分のモノサシだけで測っているよ、と。他人はもっと別のモノサシで君をみているはずだ、と。

 

昔の私にも言いたかった。

でも、大学受験生という大きな道を過ごしたからこそまがいか苦しんだからこそ出たものだと思う。とても貴重な経験だった。

センターの自己採点。

それで人生が決まることじゃない。飛び込んでみよう。きっと何年か後に、良かったって思えるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はじめてのお食事会2

東京の情熱フェスタでは、一対一でお話する機会を頂けた。とっっっっても嬉しかった。

正直、何をお話したかの具体的な部分は覚えていない。

ただ、「(同じ班の)2人がせっかくアイディアを出してくれたものだから、とにかく私がアイブレとクロージングを担当して買ってもらおうとしました」、「共済を扱っていたので、提案は慣れてます」ということは言ったなぁと覚えている。

私自身というより、島大からその会社に就職する先輩が「大学ではどう?」というお話で盛り上がり、時間を多少過ぎてもお話していた。

 

そしていざお食事会当日。

早速トラブル発生!オブジェの位置がわからない……!!あわてて、参加者で島大の子に連絡して場所を教えてもらう始末……

あせった〜〜〜!

 

メンバーは、私を含め6人(女の子4人、男の子2人)が招待されていた。

ヒルズの51階に上がるともう!!見晴らしの良い景色がそこに!!!!言葉で出る以上に心ではしゃいでました。

 

以前、島大に来てくださった別のベンチャー企業の人事の方との逆質問でうまくいかなかった私。

よーし、ホームページみて質問バンバンするぞ〜〜と意気込むも、そういう話はあまりしなかった。

どっちかって言うと、社長のお話を聞いてるスタイルのお食事会だった。ご飯めちゃくちゃ美味しかった………

 

・用意してなくて失敗した、ということがないことが自分の強みである。

・プレゼンは最初にすると逆に後出ししなきゃならなくなる。最後にやることが大切だ!

・常に刺激を受けて成長する自分でいたい。自分より上の人と付き合って高めていきたい。

・たくさんの事業をやっていきたいから、自分の会社から起業家を輩出したいと言っている。

・自分は広告会社ではなく、ビジネスをしている。

 

以上が、就活生から社長へ質問した時の回答である。

 

話は変わるが、私は「10年というタイムリミットをもうけている」とつたえた。

その「10年」というのは何で決めた?キリがいいからじゃないか?と問われて、図星だった。10年に意味なんてなかった。

ただ、親が生きているギリギリのところかな、とか思っていただけだ。

社長は、それを目標にするなら短期的な目標も設定しなきゃね、と言っていた。長期的な目標を作ったら、それに向かって、1年ごとくらいに目標をたててはアップデートしていくことをしなければ、タイムリミットが延長されるだけだと言われた。

その通りだ。

 

だから、設定していこうと思う。

短い目標設定を。

まだまだ考えが浅い。

深掘りして生きたい。

 

明日はその会社の説明会かつお話が聞ける機会。無駄にしないようにしよう。

 

 

 

はじめてのお食事会

前回書いた憧れの先輩とはまた別で、同じ大学で憧れている素敵な先輩がいる。

 

なぜその先輩に憧れているか。

初めは全く憧れていなかった。学生委員会ではお喋りしてばかりで、幹部の苦労をわかってない!まったく呆れる!といった具合だった。学生委員会引退以来、もう接点などないと思っていた。

しかし、私たち2018卒の就活が始まった時に、エンカレッジの活動で再びお会いすることになった。

まずその先輩は自分のキャリアについて、いち早く考えていた。インターン会社説明会に何社も通って、難しい選考も受けたりして。

夏休み、暇すぎてベッドでゴロゴロしていた私が勇気を出してその先輩に面談を頼んだ。

ほとんど話したことのない先輩で面談にはドキドキした。そんなドキドキは、先輩の話やすさに粉砕された。

実際じっくりとお話をしていると、全然ツンツンしておらず、私の将来や就活のことを一緒に真剣に考えてくださった。

そんな先輩が就活したいと思える会社はどんな方が経営者なんだろう。

 

 

そう思っていたら、11月、12月に情熱フェスタと2ヶ月連続でお会いすることができた。なんか長くなったのでもう1つブログ書こう。